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秋山英宏コラム

[ウィンブルドンの記憶]クレー巧者ブルゲラのサーブ&ボレー

写真は「ウィンブルドン」でのブルゲラ

リモート取材で生じた隙間の時間に、ウィンブルドンで一番好きな場所はどこだったか、と考えた。旧式で座り心地の悪いセンターコートの記者席。おいしいビールが飲めるメディア専用のバー。素敵な場所はいくつかあるが、頭に浮かんだのが“旧1番コート”の記者席だった。

昔の1番コートのスタジアムは、センターコートの西側に隣り合って建っていた。全米オープンの旧グランドスタンドと同様、センターコートの建物から一度外に出なくても通路で行き来ができた。詳細な構造は分からないが、構造体の一部を共有していたのかもしれない。


この旧1番コートはサイズ感がちょうどいいのと、なによりコートが目の前の“砂かぶり”に記者席があるのが好きだった。観客席の最前列、試合を見るには特等席だ。打球音はもちろん、靴のソールが芝と擦れる音や選手の息づかいまで聞こえてくる。文字通り、コートの空気を吸いながらの観戦だった。


その旧1番コートでセルジ・ブルゲラ(スペイン)の試合を見たのをなぜか覚えている。ただ、どの大会だったか、判然としない。ローランギャロスを2度制したブルゲラだが、芝は不得意でウィンブルドンには4回しか出ていない。初出場は89年。筆者が旧1番コートで試合を見たのは、全仏連覇の年、94年だったのだろうか。この年、ブルゲラは4回戦に進出、ウィンブルドンではこの成績がベストだ(残りの3大会では計1勝しかできなかった)。


クレーコート・スペシャリストのブルゲラがサーブ&ボレーをしているのに驚いた。当時のウィンブルドンはサーブ&ボレー優位で、ストロークが得意な選手もこの大会だけはサーブ&ボレーを試みた。どうしてもウィンブルドンのタイトルがほしかったイワン・レンドル(当時チェコスロバキア、その後、アメリカ)が、得意な全仏をスキップしてネットプレーを特訓、ウィンブルドンに備えたのはご存じの方も多いだろう。


90年代のピート・サンプラス(アメリカ)全盛期には、サーブ1本で決まるポイントばかりで単調だとする声が優勢となった。そこで、基礎工事の工夫で球足を遅めに、ボールの跳ね方を高めに調整し、以後はグラウンドストロークでも戦える時代が続いている。だが、それはもう少し先の話。ごりごりのクレーコーターのブルゲラも、記者席のまさに目の前で、ネットに突進していた。もともとタッチは柔らかく、ボレーはそこそこできるのだが、付け焼き刃の感じは否めなかった。


そう言えば、(やや記憶が薄れているが)記者会見でグラスコートについて聞かれ、「芝だって? 牛にでも食べさせておけばいい」と返したのはブルゲラではなかったか。


ブルゲラのサーブがネットの白帯を叩くと、ゆるめに張ったネットが、わさっと揺れた。ハードコートと違い、土の上にこしらえた芝コートでは、ネットをゆるく張っている。ネットがゆるいというのはこういうことなのか、と実感できたのも、砂かぶりの席だったからだ。


砂かぶりでも、さすがに草の匂いまでは感じ取れなかった。比喩ではなく、ウィンブルドンでは時折、草の匂いに鼻腔をくすぐられることがある。例えばアオランギパークの練習コートで、あるいは観客が詰めかける前の朝のマッチコートで、どこか懐かしいような、その匂いを嗅ぐことがある。


残念ながら、ミレニアム(西暦2000年)に向けた大改修でこの旧1番コートはなくなり、1997年にセンターコートの北側、以前のアオランギパークの一角に新1番コートが完成した。センターコートと雰囲気が似ていて、サイズはやや小振り、これも見やすいコートだ。2019年に望月慎太郎がジュニアの部で優勝を飾ったのがここだ。


この新1番コートの外壁には巨大スクリーンが設置され、通路を挟んだ「マレー・マウンド」(旧ヘンマン・ヒル)に陣取ったファンが試合を見ることができる。砂かぶりとは対極の観戦スタイルだが、これもまたよし。マレー・マウンドで試合を見た思い出はまだないが、いつか仕事抜きで会場を訪れ、シャンパン片手にのんびりスクリーンを眺めるのが筆者のささやかな夢だ。


(秋山英宏)


※写真は「ウィンブルドン」でのブルゲラ
(Photo by Gary M.Prior/Getty Images)

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