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秋山英宏コラム

数字とコメントから読み解くジョコビッチ"崩壊"の理由

「全仏オープン」でのジョコビッチ(左)とナダル(右)

奇妙な試合だった。決勝でのノバク・ジョコビッチ(セルビア)は、我々が知るジョコビッチではなかった。

40-0からサービスゲームを落とすなど、ときに淡泊にさえ見えるプレーで、第1セットを0-6で失った。普段はあれだけ粘り強くグラウンドストロークを打ち続ける選手が、ラファエル・ナダル(スペイン)とのロングラリーを嫌がっている様子だった。あまり効果を上げていないドロップショットに固執し、かえって墓穴を掘った。頭のいいジョコビッチなら、どこかの時点で「プランB」に切り替えると思われたが、長くその戦術にしがみついた。


まず疑われたのは体調面だ。しかしジョコビッチは試合後、「問題はなかった」と否定した。「大丈夫だった。試合に向けて準備はできていた。少しプレーしすぎただけだ」。答えが少し短かったのは、コンディションを言い訳にしたくない、という気持ちもあったのか。プレーしすぎたというのは、準決勝でステファノス・チチパス(ギリシャ)と3時間54分の熱戦を演じたことを指すのだろう。とはいえ、4回戦まではすべてストレート勝ちで、準決勝の疲れも彼のフィットネスをもってすれば、かなりリカバリーできていたのではないか。ジョコビッチは、こう言葉を継いだ。


「つまり、完璧な相手に負けてしまった、それだけのことだ。彼の方が上だった。それ以外に敗北を正当化する理由は見つけられない。クレーコートで、本来のプレーのラファが相手だと、セットを奪うのさえ難しい」


それはその通りだろう。ただ、いかに相手が完璧とは言え、攻略の糸口はなかったのか。どんな試合でも必ず小さなチャンスを見つけて勝ってきたのだ。この試合、キーになると思われたのがジョコビッチのドロップショットだった。今大会ではこのショットがゲーム運びを楽にしていた。ベースラインで打ち合うだけでなく、前後に揺さぶる。ラリーのリズムを断ち切り、打ち合いを自分の支配下に置く。これがナダル攻略の必須条件と思われた。


ところがこの試合ではまったく機能しなかった。成功したのはわずか4本で、エラーが7本。数字が少ないのは、ほとんどナダルに拾われてしまい、ラリーが続いたからだ。いずれにしても、効果を上げたとは言えない。


「そうだね、今日はあまりうまくいかなかったね。僕が仕掛けたドロップショットでたくさん得点したのは彼の方だ。リズムを崩したかったが、彼には準備ができていたんだ」


ドロップショットを含め、ジョコビッチは「少し急ぎすぎた」ことを認めている。淡泊に見えるプレーがあったのは、心理状態が影響したのだろう。


「ポイントを短くして、ウィナーを取ろうとしたんだ。ポイントをうまく組み立てられなかった。それがこの結果を招いた。でも、それは彼の素晴らしいディフェンスのせいでもある。彼は最初の2セットはまったくと言っていいほどミスがなかった。何とかしなきゃ、と思っていたんだ。でも、解決策が見つからなかった」


ナダルのアンフォーストエラーは第1セットが2本、第2セットが4本。緊迫した決勝の舞台で、相手の完璧なプレーがジョコビッチのメンタルを削っていった。


さらに注目すべき数字がある。0~4本のショートラリーでの得点は、ナダルが53で、ジョコビッチが25。第1セットに限れば、ナダルの15に対し、ジョコビッチが3。ナダルが短いラリーでジョコビッチを圧倒したことが分かる。ジョコビッチが打っても打ってもナダルに拾われた、という印象を持った向きもあるだろう。しかし、実像は少し異なる。


「15-3」、こんな数字は選手の気持ちを折る。もちろん、ジョコビッチのファーストサーブの確率42%、ポイント獲得率27%とサーブが極めて低調だったことも影響している。また、サーブとリターンからの3本目、4本目のショットでポイントを終わらせようとしたナダルの積極性も、ジョコビッチの焦りを誘ったのではないか。


一方、このセット、5本以上のラリーでの得点はナダルが17、ジョコビッチが16と互角だった。これは、主導権を握れぬ展開に、ジョコビッチがリスクを負って攻めた結果と思われる。つまり、ナダルに“打たされた”のだ。ミスが増えるのは必然だった。


ジョコビッチも、本来はショートラリーでポイントを取りたいのだ。そうしなければ5セットマッチは戦えない。しかし、ショートラリーで得点できず、ミドル~ロングラリーではリスクを負わされる。本来のプレーをさせてもらえないジョコビッチは、ストレスを溜めていったはずだ。


今季、ジョコビッチが1試合を最後まで戦って敗れたのは初めてだった。それでも、随所にきらめきは見せた。第3セットにはナダルの10本を上回る13本のウィナーを決めた。2-3からの最初で最後のサービスブレークは王者の意地だった。アンフォーストエラー52本と崩壊してしまったが、そのことで逆に、普段のジョコビッチがいかに精密にプレーし、それを精神面の強さが支えているという事実に改めて気づかされる。


「彼のプレーには驚かされた。その質の高さにね。完璧だった。彼の方がはるかに優れていたし、勝って当然だった」


四大大会のすべてに複数回優勝する“ダブル・グランドスラム”を逃したジョコビッチは、静かに脱帽した。


(秋山英宏)


※写真は「全仏オープン」でのジョコビッチ(左)とナダル(右)


(Photo by Anthony Dibon/Icon Sport via Getty Images)

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