秋山英宏コラム

自分を奮い立たせ、なりふり構わず勝利に邁進したジョコビッチ[ウィンブルドン]

錦織を破ったジョコビッチ

第3セット第5ゲームが勝敗を分ける分岐点だった。ノバク・ジョコビッチ(セルビア)のディフェンス力は圧巻だったし、攻勢的なボールの精度、特にバックハンドへの深いボール錦織圭(日本/日清食品)は苦しめられた。12連敗中のジョコビッチとの相性の問題もあっただろう。ただ、こうして敗因を列挙するより、一点に絞ってみたい。ジョコビッチのマインドセットである。

彼も錦織同様、故障との戦いを経てこの場にいた。そして、右ひじの故障以上にジョコビッチを悩ませたのは、モチベーションの低下に始まる成績不振だった。

16年の「全仏オープン」で生涯グランドスラムを成し遂げ、達成感の大きさからなのか、モチベーションがガクンと落ちた。ボリス・ベッカーコーチは「成績が落ちたのは練習が足りないから」と一刀両断し、チームを去った。

17年「全豪オープン」は2回戦で世界ランキング117位のデニス・イストミン(ウズベキスタン)に敗れた。4月には長年連れ添ったマリアン・バイダコーチらが陣営を去った。ジョコビッチは「ショック療法だよ」とうそぶいたが、盟友との別離は事態がいよいよ深刻であることを伝えていた。

その後、アンドレ・アガシコーチとラデク・ステパネクコーチが両輪となって支えたが、ジョコビッチを迷いの淵から救い出すことはできなかった。

この4月にバイダがコーチに戻った。ジョコビッチに戦術を授け、精神的にも支えてきた参謀の復帰で、強いジョコビッチが戻ってくると思われた。ただ、どの選手でもそうだが、復調には長い時間がかかる。最強チームで臨んだ「全仏オープン」でも、あろうことか世界ランキング72位のマルコ・チェッキナート(イタリア)に準々決勝で敗退した。

この「ウィンブルドン」が正念場だった。準々決勝までの勝ち上がりで、ジョコビッチが感情をあらわにする場面が何度かあった。3回戦ではサーブの動作に入ってからの観客の口笛や咳払いに怒りをあらわした。錦織との準々決勝でも主審に抗議する場面があった。ラケットを軽くコートに投げつけて警告を受け、その後、錦織も同様の行為をしたのに警告を受けないのはダブルスタンダードでアンフェアだ、と詰め寄ったのだ。

それぞれ理由があってのことだが、怒りをエネルギーに転換し、自分を奮い立たせたと見ることもできる。勝つために、できることは全部やるというジョコビッチの意気込みが読み取れる。

ジョコビッチの陣営は、錦織との準々決勝をセンターコートに組んでもらうよう大会側に要請したという。こんな要請は聞いたことがない。だが、大会側は第12シードのジョコビッチの実績や大会への貢献を考慮したのか、試合をセンターコートの第1試合に組んだ。そのため、第1シードロジャー・フェデラー(スイス)は2番目の格付けの1番コートに追いやられる形になった。

錦織との試合後、ジョコビッチはセンターコートを割り当てられことについてこう話している。「センターコートの第1試合に組んでくれてうれしく思ったし、大会に感謝している。開始時間が決まっているのは助かるし、僕はこのコートで以前にも準決勝を経験している」。大会側の判断、忖度の是非はともかく、ジョコビッチ側の要請が結果的に功を奏した形だ。

なりふり構わぬ、という言葉が頭に浮かぶ。そして、こうした一つ一つの行動が、すべて同じレールの上に乗っていることが分かる。最終目的地は優勝であり、勝つためにどうすべきかという意図のもとでの言動なのだ。

錦織戦では、ジョコビッチの審判への抗議に観客席から口笛が飛んだ。サーブの前の長すぎるボールつきに審判が遅延行為の警告を発すると、まばらな拍手も起きた。だが、ジョコビッチは意に介さない。

二人の直近の対戦、イタリア国際では主審の判定にジョコビッチが猛抗議、主審の不手際もあって嫌気がさした錦織が相手にポイントを譲る場面があったことを思い出した。

ジョコビッチ自身、こうしたなりふり構わぬ行為ができる選手なのだ。勝ち負けに直接関係しないことには目を向けず、目的に向かって邁進する。このえげつなさも、間違いなくジョコビッチの強さである。

(秋山英宏)

※写真は錦織を破ったジョコビッチ
(AP Photo/Tim Ireland)

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