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コラム

フェデラー、ワウリンカ、デル ポトロ...怪我とともに生きる選手たち

写真は2016年「全米オープン」でのデル ポトロ(左)とワウリンカ(右)

アスリートに怪我はつきものだ。格闘技に怪我が多いのは当然だが、コンタクトスポーツであるサッカーやアメリカンフットボールでも、常に怪我のリスクがつきまとう。

ロジャー・フェデラー~「知」によって輝き続ける王者


1981年生まれのロジャー・フェデラー(スイス)は、今年39歳。ビッグ3の残る2人、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)は33歳、ラファエル・ナダル(スペイン)は34歳と、ライバルたちは5歳以上若いにもかかわらず、フェデラーは1998年のプロ転向から20年以上にわたり一線で活躍し数々の記録を打ち立ててきた、おそらく史上最高のプロテニス選手だ。


スポーツ選手として怪我とは決して無縁ではなく、しばしば持病と言える背中の痛みに悩まされたが、怪我らしい怪我に苦しめられるようになったのは比較的近年のこと。一般的に怪我の少ないアスリートこそ優秀と言われるが、フェデラーはそれを実地に証明している。天性の運動センスと持って生まれたしなやかな筋肉が、あまり大きな怪我を負わない最大の理由の一つだ。


それでも、2010年代中盤あたりからはさすがに怪我や故障とは無縁ではいられなくなった。2013年に背中の痛みや単核症に感染して一時ツアーから遠ざかったが、最初に本格的な故障に苦しめられたのは、左膝の半月板損傷、背中の痛みの悪化、およびウイルス性胃腸炎に悩まされた2016年で、ツアーからの長期離脱を余儀なくされた。


しかし翌2017年には復活して「全豪オープン」で5度目の優勝、「ウィンブルドン」で歴代最多となる8度目の優勝を記録。さらに2018年には「全豪オープン」連覇でグランドスラム通算20勝という偉業を達成した。


これまで大きな故障もなく一線に立ち続けていられる理由について、フェデラーは「すべてのアスリートにとって最も重要なのは、自分の身体を知ることなんだ」と言っている。「ただの痛みと故障に繋がる痛みの違いを知り、休まないといけない時期を見極める。


充分な睡眠を取って正しい食生活を心がけ、スケジュールを理解すること、そうしたことが全部役に立つ。周りにそういう知識を持っている人間がいることも必要だ。遺伝もあるし、時には運も必要だね」


現在は、今年2月に受けた右膝関節の手術、および6月の再手術のためにリハビリを行っている。今年は準決勝で敗退した「全豪オープン」の6試合でしかプレーしていないフェデラーの復帰は来年の「全豪オープン」になる見込みで、これだけ長期の戦線離脱を経験するのは初めてのことだが、世界は復帰を心待ちにしている。


フェデラーは言う。「この5年くらい、引退のことを考えている。だけど僕がテニスを楽しめてみんながそれを望む限りは、プレーを続けるよ」


スタン・ワウリンカ~保証なしからのリスタートで高望みは禁物?


元世界3位でフェデラーと同胞のスタン・ワウリンカ(スイス)は、フェデラーの4歳年下。フェデラー同様キャリア初期はほぼ怪我と無縁だったが勝ち星も少なく、ランキングを上げるようになったのは2000年代後半以降のことだ。


同じくキャリアの開花が遅かったケビン・アンダーソン(南アフリカ)と共に、「遅咲きのテニス選手」(英エコノミスト紙)と呼ばれることもある。


2017年の「ウィンブルドン」で、同大会デビューだったダニール・メドベージェフ(ロシア)相手にまさかの1回戦敗退を喫した後、左膝に怪我を抱えていることを発表し、手術のために残りのシーズンを欠場した。翌2018年の「全豪オープン」で復帰したが完治しておらず、一時ランキングは263位にまでダウン。


その後、徐々にランキングを上げているものの、完全復活とは言いがたい状況が続いている。長い停滞にメディアは、もうかつてのような強い姿は二度と見られないのではと噂するようになったが、本人はこれを強く否定している。実際、それでも現在のランキングは世界20位であり、決して見劣りするようなものではない。


「大きな怪我をして、2019年には医者から今後プレーできるかは保証しないと言われた」とワウリンカは語る。「だけど去年、僕はグランドスラムの準々決勝まで2度残ったし、ランキングも15位まで戻った。個人的にはこの成績に満足しているけど、ジャーナリストはいつになったらかつてのようにプレーできるのかと訊いてくる。ちょっと高望みし過ぎるんじゃないの」と不満をのぞかせる。


SNSに熱心で、「できる限り何度でも」ツイートしてファンと交流を図っているワウリンカ。その理由について「ファンのエネルギーを感じるのが好きなんだ。それが原動力になるからね」と説明する。


現在は無観客試合もあったりと、ファンからのエネルギーを肌で感じられる機会は多くないが、これからも自分が納得できるプレーを続けてくれることだろう。


フアン マルティン・デル ポトロ~7回の手術を乗り越えて史上初へ


近代テニスにおいて、フアン マルティン・デル ポトロ(アルゼンチン)ほど怪我に振り回された選手はいないと言っていいだろう。2000年代後半に頭角を現したが、2010年に右手首の怪我で長期療養。一時世界4位をマークしていたランキングは、2011年1月には485位まで後退した。


その後復帰し、2014年初頭には再度4位まで浮上したが、そんな時に今度は右でなく左の手首を負傷。手術後、一時的に復帰するも2015年には再度手術を受けるなどまたも長期の戦線離脱となり、ランキングは2015年末に590位まで落ちた。


2016年初頭からツアーに戻り、再度順調にランキングを回復。2018年には時に小さな怪我に悩まされながらも、それでも自己最高の世界3位に到達した。そのデル ポトロを、またもやアクシデントが襲う。まずは同年10月、「ATP1000 上海」3回戦のボルナ・チョリッチ(クロアチア)戦において転倒により右膝蓋骨を骨折。


治療後に出場した翌2019年6月の「ATP500 ロンドン」では、デニス・シャポバロフ(カナダ)との1回戦で今度は芝に足を取られてスリップし、同じく右膝蓋骨が折れてしまった。同じ場所の負傷は治りが遅く、痛みも引かなかったため、今年8月には3度目の手術を慣行。長らくツアーから遠ざかっている彼のランキングは現在153位だ。


今年9月に32歳となったデル ポトロはキャリアの中で、左手首3回、右手首1回、右膝3回と、合計7回も怪我で手術を受けている。これまで何度も選手生命の危機と言える窮地から復活してきたが、今回の怪我はこれまでで最も長引いており、復活を疑問視する声も多い。


今年6月に本人は「両親は大舞台で僕を見たことがないんだ。それがモチベーションになっている」と語っている。「両親を大会に連れてきて、ロジャー(フェデラー)に、タンディルから来た僕の両親だよって紹介したいんだ」。その一方で、キャリアを終えるなら「それにふさわしい終え方をしたい」と、引退が視野に入っていることもほのめかした。


ATPツアーで大きく成績が落ちたところから復活した選手に贈られるカムバック賞を2度受賞したのは、セルジ・ブルゲラ(スペイン/1997年・2000年)、トミー・ハース(ドイツ/2004年・2012年)、そしてデル ポトロ(2011年・2016年)の3人だけだ。怪我が多い印象のナダルですら一度(2013年)しか受賞していない。


もしデル ポトロが今回の怪我を乗り越えたら、カムバック賞を3度受賞する初めての選手になるのは確実だ。グランドスラム優勝は2009年「全米オープン」の一度だけだが、ナダルを育てた叔父のトニ・ナダルに「デル ポトロは怪我さえなければ世界1位になっていた」と言われたほどの才能の持ち主であり、ぜひもう一度コートでプレーするところが見たいものだ。


(文/生盛健)


※写真は2016年「全米オープン」でのデル ポトロ(左)とワウリンカ(右)   (Photo by Alex Goodlett/Getty Images)

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