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振り返るアンディ・マレーの輝きの瞬間......グランドスラム、五輪での死闘の数々

元世界ナンバーワンのアンディ・マレー(イギリス)は、「全豪オープン」での会見で今季限りでの引退を表明した。臀部の怪我による深刻な痛みを理由とした決断だが、BIG4に名を連ねる選手の突然の表明に、ほかの選手やファンたちの間にはショックが広がっている。31歳で勇退を決意した彼の輝かしいプレーの数々を振り返ってみよう。

◆デビューまでの軌跡
マレーが初めてウィンブルドンのコートに立ったのは、2002年のこと。15歳のこのときは初戦敗退を喫し、苦い経験となった。しかし、2年後にはその頭角を現す。膝の故障を乗り越えて迎えた2004年の全米オープン男子ジュニア・シングルス部門で17歳にして優勝。早くもこの時点で、将来テニス界の覇者となる可能性を囁かれていた。

ジュニア部門制覇に満足しないマレーは、2005年にプロデビューを果たす。デビスカップではイギリス人最年少の選手としてプレーしたほか、バルセロナ・オープンにも主催者推薦枠で出場。後者ではヤン・ヘルニヒ(チェコ)に3セット負けとなったものの、その高い能力を見せつけた。続く全仏オープンでも敗退となるが、その活躍が目を引き、ウィンブルドンへの推薦枠を手にする。

◆四大大会での功績
グランドスラムで名試合を繰り広げてきたマレーだが、なかでも2008年のウィンブルドンは最も観客の印象に残っているものの一つだろう。現在世界ランク26位のリシャール・ガスケ(フランス)に2セットを奪われるが、持ち味の駿足を生かして喰い下がり、ファイナルセットでの見事な逆転劇へと繋げた。固唾を呑んで見守っていた観客の心を掴んだマレーは、「テニスコートでこれまでに味わったなかで最高の瞬間だった」と振り返っている。彼にとって初のグランドスラム準々決勝進出となった。

この年は惜しくも準々決勝敗退となったものの、後年グランドスラムでは三度の優勝を決めている。一度目は、2012年の全米オープン。現・世界ナンバーワンのノバク・ジョコビッチ(セルビア)を4時間54分の大激戦の末、勝利をおさめた。イギリス人としては1936年以来となるグランドスラム・シングルス優勝に輝いた。翌2013年のウィンブルドンでは、1万5000人の大観衆が見守るセンターコートで奮闘。ジョコビッチを相手に4回目のマッチポイントをものにし、長丁場の試合を制している。その後、三度のグランドスラム決勝敗退など苦しい時代を経て、2016年のウィンブルドンではついに四大大会で3つ目のトロフィーを獲得した。マレーは、「つらい負けが続いていたからこの勝利はより特別だ」と語っている。

◆五輪では二度の金
オリンピックでの圧倒的な強さも印象的だったマレー。元プロ選手のイワン・レンドル(チェコ)をコーチに迎えて挑んだ2012年のロンドン五輪では、わずか1セットを失うだけという好調さで決勝に駒を進めた。フェデラーとの決勝を制した当時25歳のマレーは、「生涯最大の勝利」と金メダル獲得の喜びを素直に表現している。同年に全米オープンでも優勝しており、同一シーズンに五輪と同大会で優勝した初の選手となった。

二度目の金は、かつてない堅調さが際立った2016年に獲得。同年6月から7月にかけて開催されたウィンブルドンでは、現在世界17位のミロシュ・ラオニッチ(カナダ)に決勝でストレート勝ちしている。快勝の興奮が冷めやらぬまま、翌8月のリオ五輪では表彰台の頂点へ。芝のウィンブルドンからハードコートへの調整を怠らなかったマレーは、リオの決勝でフアン マルティン・デル ポトロ(アルゼンチン)との壮絶な一戦を見事乗り越え、体力面・精神面での強さを印象付けた。

ほかにも2015年のデビスカップでは兄のジェイミーとのタッグでダブルスに臨むなど、話題を提供してきたマレー。今年の全豪では死闘の末に敗れたが、現在は7月のウィンブルドンへの出場を検討中だという。偉大なプレーヤーに残された選手生活を見守りたい。

(テニスデイリー編集部)

※写真は今季限りでの引退を表明したアンディ・マレー(Leonard Zhukovsky / Shutterstock.com)

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