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オリンピックテニス競技で世界を驚かせた7つの事柄

写真は2016年「リオデジャネイロオリンピック」でのジョコビッチ(左)とデル ポトロ(右)

オリンピックで豊かな歴史を持つテニス。テニスは近代五輪最初の大会となった1896年の「アテネオリンピック」から競技種目に含まれていたが、1924年以降は外れていた。1988年の「ソウルオリンピック」で復帰してからは、毎回ファンを楽しませている。

祖国を代表してオリンピックに出場することはテニス選手にとって誇りであり、金メダルを獲得して得られる名声は回を重ねるごとに大きくなってきた。だが、今年の「東京オリンピック」では、体調や感染防止対策による制限を理由に出場を辞退する選手が続出している。


それでも、多くの人気選手がオリンピックに向けてギアを上げ、栄光を手にするべく準備を進めている。「東京オリンピック」開幕が近づく中、スポーツウェブメディアSportskeedaはこれまでのオリンピックで予想を裏切る意外な結果となった7つの出来事をピックアップし、ランキング形式で紹介している。


7位 2004年アテネオリンピック ベルディヒがトップシードのフェデラーを破る


2004年の「アテネオリンピック」では、ノーシードだったトマーシュ・ベルディヒ(チェコ)と第1シードのロジャー・フェデラー(スイス)が2回戦で対戦。その結果は皆を驚かせた。その年のフェデラーは「全豪オープン」と「ウィンブルドン」で優勝を飾り非常に好調だったが、この日は調子が出なかったようだ。結果的にベルディヒが4-6、7-5、7-5でフェデラーに大金星をあげることになった。ベルディヒは次の3回戦で第15シードのトミー・ロブレド(スペイン)も、7-6(2)、4-6、8-6という激闘の末に下して準々決勝に勝ち進んだが、それまでの疲れが出たのかテイラー・デント(アメリカ)にストレートで敗退、メダル獲得はならなかった。


6位 2008年北京オリンピック フェデラー&ワウリンカ ダブルス金メダル獲得


2008年の「北京オリンピック」では、普段さほどダブルスをプレーしないフェデラーとスタン・ワウリンカ(スイス)がペアを組み、スイス代表として出場した。フェデラーとワウリンカは、ダブルスの史上最強ペア、ボブ・ブライアンマイク・ブライアン(共にアメリカ)兄弟を準決勝で下し、決勝でサイモン・アスペリンとトーマス・ヨハンソン(共にスウェーデン)に勝利して、金メダルを手にした。


5位 1992年バルセロナオリンピック カプリアティの金メダル獲得


1992年の「バルセロナオリンピック」の女子シングルスで金メダルを獲得したジェニファー・カプリアティ(アメリカ)は、当時たったの16歳だった。第3シードとして参戦したカプリアティは、決勝で前回優勝者のシュテフィ・グラフ(ドイツ)をフルセットで破り、栄冠を手にした。当時のカプリアティは、16歳ながら既にグランドスラム3大会で準決勝に進出するなど、実力は十分にあった。カプリアティは「バルセロナオリンピック」で2セットしか落とさず、完璧な試合内容で勝ち上がり、シングルスでアメリカ人選手初の金メダル獲得を果たした。


4位 1992年バルセロナオリンピック ロセの金メダル獲得


マルク・ロセ(スイス)は、1992年の「バルセロナオリンピック」の男子シングルス決勝でJordi Arrese(スペイン)に勝利し、その年のスイス唯一の金メダルを獲得。ロセはオープン化後初めてノーシードで金メダルを獲得した選手となった。ロセはこの大会で5人のシード選手を倒したが、中には3回戦で対戦した第1シードのジム・クーリエ(アメリカ)も含まれていた。


3位 2016年リオデジャネイロオリンピック デル ポトロの銀メダル獲得


フアン マルティン・デル ポトロ(アルゼンチン)は、2012年の「ロンドンオリンピック」で銅メダルを獲得し、4年後の「リオデジャネイロオリンピック」でメダルの色を銀色にアップデートした。2016年は、数々の怪我に悩まされていたデル ポトロが完全復活を印象づけた年となり、オリンピックでも素晴らしい戦績を残した。1回戦では、トップシードとして参戦した当時グランドスラム12勝のノバク・ジョコビッチ(セルビア)を破った。その後、準決勝ではラファエル・ナダル(スペイン)との大接戦を制し、決勝に進出。惜しくも第2シードのアンディ・マレー(イギリス)に敗れ銀メダル獲得となった。


2位 1996年アトランタオリンピック パエスの銅メダル獲得


リーンダー・パエス(インド)は1996年「アトランタオリンピック」のシングルスで、母国に16年ぶりのメダルをもたらした。またインドにとっては、1952年以来となる個人競技でのメダル獲得だった。オリンピックに参戦する前のパエスは、グランドスラムのシングルスで1勝もしたことがなかった。彼は「全米オープン」で準決勝に進出するなど、ダブルスのスペシャリストとしての道を歩み始めており、シングルスでのメダル獲得は本人にとっても驚きだったに違いない。パエスはノーシードで、ワイルドカードとして参戦。グランドスラム8回優勝のアンドレ・アガシ(アメリカ)に準決勝で敗れた後、3位決定戦でフェルナンド・メリジェニ(ブラジル)を下し、アガシ、セルジ・ブルゲラ(スペイン)と共に表彰台に登った。


1位 2016年リオデジャネイロオリンピック プイグの金メダル獲得


2016年の「リオデジャネイロオリンピック」で、モニカ・プイグ(プエルトリコ)はプエルトリコ人初の金メダル獲得選手となり、祖国の歴史にその名を刻むことになった。その年の女子シングルスはグランドスラム優勝者がずらりと並ぶ強敵だらけのドローだったが、当時22歳のプイグは不利な状況をものともせず順調に勝ち上がり、一番輝く金メダルを手にした。決勝で戦った第2シードアンジェリック・ケルバー(ドイツ)を含め、プイグは優勝までに3人のグランドスラム優勝選手を下した。たった2セットしか落とさず表彰台の一番高い場所に登ったプイグは、ノーシードでオリンピックで優勝した初めての女子テニス選手となった。


(テニスデイリー編集部)


※写真は2016年「リオデジャネイロオリンピック」でのジョコビッチ(左)とデル ポトロ(右)
(Photo by Okan Ozer/Anadolu Agency/Getty Images)

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