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生涯グランドスラム達成のレジェンドが死去

テニスのイメージ

生涯グランドスラムを達成したレジェンド、シャーリー・フライ(アメリカ)が永眠した。国際テニス殿堂の公式サイトが報じている。

4大大会すべてでシングルスタイトルを獲得、いわゆる生涯グランドスラムを達成した10人の女子選手の一人であり、1970年に国際テニス殿堂入りを果たしたフライは、今月13日、米国フロリダ州ネープルズでその生涯を終えた。享年94。眠りの中で息を引き取ったという。


フライは1951年に「全仏オープン」でグランドスラム初優勝。生まれ育ったオハイオ州アクロンでクレーコートの技術を磨いたフライは、足の速さと安定したグランドストロークを「全仏オープン」で余すことなく発揮。決勝では、ダブルスで何度も組んだ親友のドリス・ハート(アメリカ)を3セットの末に破った。


その5年後、第5シードで臨んだ1956年の「ウィンブルドン」ではグランドスラムチャンピオンたちを次々に破り、決勝ではわずか50分でストレート勝ち。続く同年の「全米オープン」と翌1957年の「全豪オープン」では合わせて1セットしか落とさずに優勝。それにより、フライはシングルスで生涯グランドスラムを達成した3人目の女子選手となった。他の2人はハートとモーリーン・コノリー(アメリカ)。さらに1950年から1957年にかけて女子ダブルスでも4大大会をすべて制覇。混合ダブルスで1回優勝している。


1927年6月30日生まれのフライがテニスに出会ったのは8歳の時。しかし、裕福ではない家庭でスポーツを極めるには、幼い頃から一人で行動できるようにならなければならなかったと、自伝の中で振り返っている。フライが初めてヨーロッパに遠征した1948年当時、アメリカからの移動手段は船で、長時間の揺れに慣れてしまった身体を陸地でのプレーに慣らすのには時間がかかったという。また、当時のテニスはアマチュア競技として扱われることがほとんどで、選手がテニスの収入だけで生活していくことは不可能に近かった。そのため、1956年初頭に28歳のフライは新聞社で事務員として働いている。


テニス界を代表する選手の一人であったフライは、夫のカール・アービン(1976年に死去)と出会ったのもこの世界だった。テニスの審判を務め、広告代理店の幹部でもあったアービンとの間に4人の子どもをもうけ、12人の孫に恵まれた。


(テニスデイリー編集部)


※写真はテニスのイメージ
(Photo by Nicolò Campo/LightRocket via Getty Images)

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