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ウィンブルドン

世界女王バーティにとって夢である「ウィンブルドン」優勝

2011年「ウィンブルドン」でジュニア優勝を飾った時のバーティ

「ウィンブルドン」(イギリス・ロンドン/6月28日~7月11日/グラスコート)女子シングルスの決勝進出を決めた第1シードアシュリー・バーティ(オーストラリア)が、優勝への思いを語った。米スポーツメディア FOX Sportsが報じている。

準決勝で2018年大会を制した第25シードアンジェリック・ケルバー(ドイツ)を6-3、7-6(3)で破った世界女王のバーティは、子どもの頃からの夢だった「ウィンブルドン」優勝にまた一歩近づいた。バーティはそれだけでなく、憧れの存在であり、メンターでもあるイボンヌ・グーラゴング以来、「ウィンブルドン」決勝に進むオーストラリア人女子選手となる。


1970年代から1980年代前半にかけて活躍し、7つのグランドスラムタイトルを獲得したグーラゴングが最後に「ウィンブルドン」の決勝に臨んだのは、1971年に続いて2度目の優勝を飾った1980年。実に41年ぶりの快挙を果たしたバーティは、「今回、彼女を称えるような形で歴史に名を刻むチャンスを得られたのは、とてもエキサイティングなことだわ」とコメントしている。


2011年の「ウィンブルドン」ジュニア王者であるバーティは、「ウィンブルドン」での優勝を夢見るようになったのが何歳の時だったかはわからないと話す。「小さい頃からたくさんテニスをして、テニスの世界を理解できるようになると、大きな夢を持つことができると思うの。子どもの頃に感じた楽しさや開放感を思い出しながらコートに立って、自分のできることをやってみようとすることが大切だわ」


過去4回の「ウィンブルドン」本戦出場で4回戦より先に進んだことがなかったバーティ。2018年大会の3回戦敗退と、「全仏オープン」でグランドスラム初優勝を遂げた直後の2019年大会の4回戦敗退が最も辛かったと振り返る。「人は一番苦しい時に一番成長するものだと思う。だからこそ、この大会は私にとってすごく重要なの。良いことも悪いことも、その間の部分も全部含めて、すべての経験から多くのことを学べたわ」と「ウィンブルドン」への熱い思いを語った。


準決勝ではサービスエースを8本、ウィナーを38本決め、バーティ自身も「最高のテニスができた」と話すが、先月の「全仏オープン」で棄権を強いられることになった股関節の負傷により、実は「ウィンブルドン」出場が危うかったと明かしている。例年よりも二つの大会の間隔が狭まっている中、「痛みを感じず、自分の身体を信じてプレーするためには、すべてが完璧でなければならなかった」と口にし、それを「業界トップクラス」のチームが実現してくれたと感謝する。


25歳にしてすでに長いキャリアを築き、精神的にも落ち着きを見せるバーティは「すべてが学ぶ機会であることを理解した上で努力を重ねて挑戦し続け、弱い自分もさらけ出してありのままの自分でいる」ことが成功の秘訣だという。自国のとあるジャーナリストはそんな彼女を「完璧なロールモデル」と称賛。「悪童」の異名で知られるニック・キリオス(オーストラリア)も母国を代表してバーティを褒めちぎった。


「彼女は素晴らしいよ。俺はアッシュ(バーティ)と昔から練習してきたし、ジュニア時代も一緒にプレーしていたから、彼女にどれだけ才能があるかは知っている。このスポーツで信じられないような特別なことをするだろうといつも思っていた。彼女はメダルやグランドスラムタイトル獲得に一番近いオーストラリア人選手だ。だから、彼女が決勝に進出して優勝のチャンスを得たことは、オーストラリアのテニス選手全員にとってエキサイティングなことなんだ。オーストラリア中の人が彼女を応援している。とにかく凄い選手だよ」


バーティは決勝で、「ウィンブルドン」初優勝だけでなく悲願のグランドスラム初タイトルを狙う第8シードのカロリーナ・プリスコバ(チェコ)と対戦する。


(テニスデイリー編集部)


※写真は2011年「ウィンブルドン」でジュニア優勝を飾った時のバーティ
(Photo by Michael Regan/Getty Images)

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現地在住ライター、テニスライター内田暁がレポート!

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