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グランドスラム

新たなスター続々出現!トッププレーヤー不在の全米オープンテニス2021を総括【テニスライター 内田暁コラム】

 静寂のフィナーレを迎えた昨年の無観客を経て、フルキャパシティの観客を入れ開催された、今年の全米オープン。


 晩夏の風物詩の帰還は、ニューヨークにテニスの熱を吹き込んだが、そこには、ある種の感傷も含まれていたように思う。

 ロジャー・フェデラーラファエル・ナダル、さらに前年優勝者のドミニク・ティームもケガで欠場。24のグランドスラム優勝最多タイ記録に挑むはずの、セレナ・ウィリアムズの姿もない。


 長く大会を彩ったトッププレーヤーの不在は、時の移ろいがはらむ、残酷性を浮き彫りにする。同時に、新しい物好きなこの町の気質とも相まって、新たなスター出現を求める機運を高めてもいた。


 それら時勢のめぐりあわせが、若さ特有の勢いと重なった時、とてつもないエネルギーが生まれる。


 最初に鮮烈な光を放ったのは、3回戦でステファノス・チチパスを破った、カルロス・アルカラスだ。15歳の頃から、“ナダル2世”の愛称と共に期待を集めていた18歳は、今年の全豪オープンで予選を突破しグランドスラム本戦デビュー。続く全仏でも本戦3回戦まで勝ち上がり、愛称に相応しい実力を証明したばかりだった。


 今大会のチチパス戦では、二度のタイブレークをいずれももぎ取る心の強さをも示す。ナダルをはじめ、多くの上位選手から「とても素直で謙虚」と可愛がられる若者は、世界3位相手に臆さず攻める勇猛な姿で、ニューヨークのファンの心もつかんだ。


 「観客が居なかったら、今日の勝利はありえなかった」


 キャリア最高の勝利を手にしたアルカラスは、声を上ずらせ2万人の観客に謝意を述べた。


 スタジアムに残る波乱と興奮の余韻は、さらなるドラマを生む。


 続いて行われた大坂なおみレイラ・フェルナンデスの一戦は、第3シードに挑む18歳という構図も、チチパス対アルカラスと相似する。前年優勝者とネットを挟んでセンターコートに立つフェルナンデスに、緊張や怯えの色はない。第2セットで大坂のサービングフォーザマッチをしのぎ逆転勝利を手にしたフェルナンデスは、「いつから勝てると思えたか?」と聞かれると、「試合が始まる前から」と平然と答えた。


 大会5日目に起きた18歳の進撃に、「私も加わりたい」とモチベーションを掻き立てられたのが、同じく18歳のエマ・ラドゥカヌである。


 先のウィンブルドンで、ワイルドカードを得て4回戦に勝ち上がったシンデレラガールは、その始まりの物語の続きを、ニューヨークでつづる。予選を突破し、本戦でも二つの快勝を手中に収めたラドゥカヌは、アルカラスとフェルナンデスが金星を手にした翌日、今季絶好調のサラ・ソリベストルモを6-0、6-1のスコアで破った。


 互いに刺激を与え、ファンの声援を背に受ける3人の18歳は、そろってベスト8に進出。アルカラスの快進撃はここで止まるが、女子の二人はさらに上へと進んでいく。


 大会中に誕生日を迎えたフェルナンデスは、19歳最初の試合でエレナ・スビトリーナ相手にまたもフルセットの大熱戦で勝利。その翌日にはラドゥカヌも、ベリンダ・ベンチッチに快勝する。若い二人の勢いは、互いがぶつかるまで止まらぬほどに加速していた。その両者が相対したステージ――それは、決勝戦だった。


 高い予測力を誇るカウンターパンチャーのフェルナンデスと、冷静で知的なアタッカーのラドゥカヌ。プレースタイルは対照的なふたりだが、共通するのは初の大舞台にも動じぬ精神力。そして、色彩豊かなバックグラウンドだ。


 フェルナンデスは、エクアドル人の父とフィリピン系カナダ人の母を持ち、現在はアメリカを拠点とする。大坂を破った時、フェルナンデスは「なおみの活躍やプレーをずっと追ってきたから、彼女のプレーは自然と頭に入っていた」と言うほどに、大坂をロールモデルとしていた。


 一方のラドゥカヌも、ルーマニア人の父と中国人の母の間にカナダで生まれ、イギリスで育つという多様な文化的背景を持つ。憧れた選手は、元世界2位の李娜。「彼女の動きやストロークも好きだけれど、一番は精神力」という18歳の内に秘めた熱い闘志は、確かに、アジア人女性初のグランドスラム優勝者を彷彿とさせる。


 22年ぶりとなった全米での十代選手決勝戦は、両者とも持ち味を十分に発揮した末に、鋭利な攻撃で相手の守備を打ち破ったラドゥカヌが制する。予選突破者のグランドスラム戴冠は男女通じて初。グランドスラム本戦2大会目にしての優勝も、最短記録だった。


 男子の方では、18歳のアルカラスがベスト8、その18歳を破った21歳のフェリックス・オジェアリアシムがベスト4に勝ち進んだが、最終的に決勝に勝ち上がったのは、第1シードのノバク・ジョコビッチと、第2シードのダニール・メドベージェフ


 今年の全豪オープン決勝と同じ顔合わせではあるが、その意味合いは7か月前とは大きく異なっていた。


 ジョコビッチは全豪オープン以降もグランドスラムでは負け知らずで、今大会では、男子ではオープン化以降初となる年間グランドスラムに挑んでいた。


 対するメドベージェフは、これが3度目のグランドスラム決勝。25歳の年齢はかつての基準では中堅だが、34歳のジョコビッチが覇権を握る現在のテニス界では、若手の部類だ。この10年で、いわゆる”ビッグ4”とスタン・ワウリンカ以外に、ジョコビッチをグランドスラムの決勝で破った選手はいない。メドベージェフが挑むのは、新時代への重い扉の解放だった。


 全豪決勝では完敗を喫したメドベージェフが、明確な策を持って試合に挑んでいたことは、立ち上がりから明確だった。


 「普段の試合なら、2分ほどしか戦略の話し合いはしない」という彼が、この日に備えて「30分は話し合った」という。その策の一旦は、「センターで打ち合い、オープンコートや角度をつけないこと」。長い打ち合いを恐れず、相手のミスを誘う老獪さも見せながら、メドベージェフが主導権を握った。


 一方のジョコビッチが、いつもの彼と違うことも明白だったろう。偉業への重圧に加え、3回戦以降は常にセットを落とすタフな試合を切り抜けた彼には、心身の疲労の蓄積もあったはずだ。


 試合終盤のチェンジオーバーで、タオルで顔を覆い肩を震わす王者の胸を満たしたのは、ファンの声援への感動と、敗北を悟る無念の両方だったろうか。


 ジョコビッチを追い詰めたメドベージェフにも、優勝の重みがのしかかる。勝利へのサービスゲームで、おかしたダブルフォルトは3本。それでも最後はサービスウィナーで、悲願の初優勝をつかみとった。


 その直後のことである。ふらふらとネットに歩み寄ったメドベージェフは、軽く飛び上がるとコートに倒れ、舌をつきだし焦点の合わぬ視線のまま、数秒その場に横たわった。


 「僕が試合後にやったことは、レジェンドだけが分かることだよ。L2 + 左さ」


 オンコートインタビューでの謎めいた言葉の詳細を、彼は、トロフィーと顔を並べた優勝会見で説明する。


 「僕はプレーステーションのFIFA(サッカーゲーム)が好きなんだ。あれは“デッドフィッシュ”と呼ばれるゴール後の祝福で、よく知った相手と何度も対戦した時とかにやるんだ」


 彼がこの“デッドフィッシュ”を優勝後にやることを思いついたのは、先のウィンブルドン期間中。ロッカールームで、「クールな若い選手たち」と話した時、「これをやったら伝説になれるぞ!」と背を押されたという。斬新で既成概念にとらわれぬメドベージェフの優勝パフォーマンスは、新世代の柔軟な感性の成せるわざだろう。


 2年ぶりに観客を入れて全米オープンが開幕した時、そこには、ある種の感傷があった。


 ただ、フィナーレを迎えた時に広がった景色は、継承した先達の意思を現代型にアップデートした新チャンピオンと、彼/彼女たちが切り開くであろう、新たな時代への地平線だ。


(内田暁)


(Photo by Getty Images)

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