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グランドスラム

サンプラス、フェデラー、大坂...全米オープンテニス歴代の優勝者 過去20年の変遷【テニスライター 内田暁コラム】

ここ20年ほどの男子全米オープンの優勝者リストは、時代の転換期と変遷をつづった、テニス史そのものだと言える。

 2002年にこの大会を制したのは、全盛期を過ぎ、斜陽の時に入りかけた31歳のピート・サンプラスだった。引退もささやかれていたサンプラスの戴冠は、多くの人々の驚きと感動を誘う。しかも決勝の相手は、ライバルのアンドレ・アガシ
 この優勝以降のサンプラスは、一度も公式戦に出ることなく、翌年の全米オープンを目前にして引退を表明した。


 そのサンプラスと入れ替わるように、ニューヨークの主役に躍り出たのが、サンプラスに憧れたロジャー・フェデラーである。2004年から5連覇を成したフェデラーが、その間に決勝で破った相手は、同期のレイトン・ヒューイットを皮切りに、アガシ、アンディ・ロディック、そしてノバク・ジョコビッチアンディ・マレーへと及ぶ。同世代から若手へと移ろうライバルたちの挑戦を跳ねのけ築いた、王者の揺るがぬ牙城だった。


 その牙城を打ち破る若者が、2009年にアルゼンチンから現れる。
 規格外のフォアの強打をひっさげ、長身の新鋭は準決勝でラファエル・ナダルを撃破。さらには決勝でもフルセットの大接戦の末、フェデラーを打ち破った。当時20歳の若者の名は、フアン マルティン・デル ポトロ。コート上の勇猛な姿から一転、柔和な笑みを涙で濡らしトロフィーを掲げる姿は、新時代の到来を多くの人々に予感させた。


 ジョコビッチは今でも、デル ポトロを「テニス界最強のフォアハンドの持ち主」と断言するのをためらわない。だが、約束されたかに思われたデル ポトロ時代は、度重なるケガに阻まれ今に至っている。
それでも彼が切り開いた道には、後に同世代の選手たちが続いた。
デル ポトロの優勝から、5年——。この年の全米オープンで、頂点をかけセンターコートに立ったのは、錦織圭マリン・チリッチ。錦織はジョコビッチを、チリッチはフェデラーをいずれも準決勝で破り、頂上決戦のステージへと駆け上がった。
 新たな時代を築くべく、初のグランドスラム決勝の舞台に立った錦織とチリッチ。ただより多くを背負い、自分への期待を重圧に感じたのは、それまでの直接対戦で5勝2敗とリードする錦織の方だったろう。立ち上がりの錦織は、明らかに動きが硬い。ジョコビッチ戦でライン際をえぐったストロークが、ネットを叩く場面が目立った。


 対するチリッチは、まばたきするのも忘れるほどに、その瞬間に集中していた。フェデラーを破った高速サーブとフォアハンドは、この日も決定的な武器となる。
試合開始から、1時間54分。日本人初のグランドスラム優勝を目指した錦織の戦いは、曇天に満月の光がにじむなか、6-3,6-3,6-3のスコアで終幕した。


 錦織がこの時、センターコートに残した、日本人初のグランドスラム優勝への悲願――その想いは4年後に、大坂なおみが受け取り叶えた。
 ここ二十数年の女子全米オープンの物語は、記録に挑むセレナ・ウィリアムズの、歓喜と悲嘆で編まれてきた。
 現在23のグランドスラム優勝を誇るセレナが、最初のタイトルを手にしたのが1999年の全米オープン。当時世界1位のマルチナ・ヒンギスとの、“10代対決”を制した末の戴冠だった。


 それから19年が経った、2018年。セレナは、マーガレット・コートが持つ24の最多グランドスラム記録に肩を並べるべく、決勝の舞台に立っていた。年齢から考えても、これが最後のチャンスになる可能性は少なくない。アメリカ中がセレナの勝利を願うその決勝戦で、ネットを挟み相対したのが、セレナに無垢なる憧憬を募らせ続ける、大坂なおみだった。
 
 幼い頃から大坂は、銀色の優勝トロフィーをアーサー・アッシュ・スタジアムで掲げる自分を、幾度も夢に見てきたという。その夢の決勝戦の相手は常に、「憧れの人」セレナ・ウィリアムズ。20歳で迎えた全米オープンで、大坂は“自らの夢”へと足を踏み入れた。
文字通りの夢舞台に立つ大坂は、ウォーミングアップの時点では、セレナの姿を見られぬほどに緊張していたという。


 だがひとたび試合が始まれば、大坂に気負いも遠慮も見られない。
「セレナはスロースターターだから、立ち上がりでチャンスをモノにする」。
 その策を大坂は、完璧なまでに遂行した。第1ゲームこそ取り逃すが、第3ゲームではリターンからプレッシャーを掛け、ラリーを支配しブレークに成功。その2ゲーム後にもゲームを破った大坂が、最後はセレナへのボディサーブで、第1セットをつかみ取った。


 “事件”が起きたのは、第2セットの終盤。先にブレークしたセレナが、直後にブレークバックを許した時だった。苛立ちラケットを叩き折るセレナに、ポイントペナルティが与えられる。納得できないセレナの怒りは、チェンジオーバー時に、主審への暴言として爆発した。


 「あなたは私からポイントを奪った。泥棒!」


 その言葉が発せられた時、主審はこの試合3度目のバイオレーションをセレナに与える。同時に大坂のスコアボードに、ゲームが一つ加えられた。


 ひとりの選手が3度バイオレーションを犯した時、相手にゲームが与えられるのは、ルールブックに記された決まり事だ。だが、2万人以上を飲み込む巨大スタジアムに詰めかけた大半のセレナファンには、何が起きたか分からない。


 突然の事態に納得いかない観客は、一斉にブーイングを発した。
 怒り、困惑、無理解、不平――あらゆるネガティブな感情がうねり、スタジアムを鳴動させる。
 その異常な空気のなか、大坂は表情一つ変えることなく、淡々と最後のサービスゲームに向かった。
 チャンピオンシップポイントでは、センターに来ると読んだセレナの逆を付き、大坂のサービスがワイドに刺さる。その瞬間、優勝者は目元を隠すように、バイザーのつばをグッと下げた。
 新女王誕生の祝福ムードは、怒りが収まらぬ観客のブーイングによって、表彰式でもかき消される。だが、「こんな結末になってごめんなさい」と謝罪する大坂の無垢な涙が、殺伐とした空気を浄化した。
 涙に濡れた目に戸惑いの色を浮かべ、大坂がトロフィーを頭上に掲げる。幾度も夢に見たシーンの実現。それは、日本とハイチにルーツを持つ20歳が、テニス史に新たなチャプターを書き加えた瞬間でもあった。
 
 あまりにドラマティックな大坂の優勝は、似た境遇にいる若手たちに希望を与え、翌年、19歳のビアンカ・アンドレスクの優勝へとつながる。
 そうして生まれた時代の意思は今年、ティーン・ファイナルを実現した、エマ・ラドゥカヌレイラ・フェルナンデスへと受け継がれた。


(内田暁)


(Photo by Getty Images)

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