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思わぬ運に助けられた遅咲きの27歳はコーチも手を焼く悪童だった!

「全豪オープン」でのカラツェフ

「全豪オープン」でグランドスラム初出場にしてベスト4と飛躍を遂げたのをはじめ、国別対抗戦「ATPカップ」でロシア代表の一人として優勝し、「ATP250 ドーハ」でダブルス初優勝、「ATP500 ドバイ」でシングルス初優勝と、飛ぶ鳥を落とす勢いのアスラン・カラツェフ(ロシア)。そんな彼の躍進は、一歩間違えればなかったかもしれない。

カラツェフによれば、「全豪オープン」のためにメルボルン入りする飛行機は本来であれば、機内に感染者が確認された便だったという。「本当は感染者の出た便に乗るはずだったんだけど、手違いがあって、僕を含む数人が急遽、朝5時発の便に乗ることになったんだ。感染者が出なかった便にね。ラッキーだったよ。すべてはそこから始まったんだ」と回想する。感染者の出た便に乗っていた選手たちは2週間、完全隔離を強いられたため、カラツェフもその便に乗り合わせていたらベスト4という躍進はなかったかもしれない。


2020年3月時点での世界ランキングは253位だったが、2021年3月22日付けのランキングで27位と、初のトップ30入りを果たしたカラツェフ。18歳でプロとなり現在27歳の彼は、数年前までは問題児だったとコーチが明かしている。


3年前から一緒に組んでいるコーチのYahor Yatsyk氏は、カラツェフのことを「長年、子供のように振る舞っていた」と表現。「彼はプロらしくなく、時々練習に遅れたし、持ってきた4本のラケットのうち3本が壊れていたこともあった。25歳くらいとは思えなかったよ。まるでマリオ・バロテッリのようだった」と、サッカー界で屈指の悪童として知られた元イタリア代表選手と比較している。


「彼に対しては厳しいアプローチが必要だった。変わらなければ成功できないと本人に伝えたよ。厳しい言葉も浴びせたが、最終的に彼は私のことを信頼してくれた。私の言うことを理解し、耳を傾けたんだ。多くの選手は耳を貸そうとせず、コーチを代えてしまう。だが、彼はそうしなかった。そして大きく成長したんだ」


カラツェフ自身もYatsykコーチの存在の大きさを認めている。「コーチはメンタル面でも大きな助けになってくれている。メンタル面で準備ができていることは、テニスで最も重要なことの一つだからね」


カラツェフはロシア生まれだが、母方の家族がイスラエル系で3歳から12歳までイスラエルで暮らしていた。その後ロシアに戻り、ドイツやスペインを経て、ここ3年間はYatsykコーチの母国であるベラルーシで過ごしているという。昨年9月にイスラエルテニス協会から同国代表に誘われたが、すでにロシアの選手として「デビスカップ」に出場することが決まっていたため、その話は実現しなかった。


ロシアからは現在世界2位のダニール・メドベージェフを筆頭に、8位のアンドレイ・ルブレフ、22位のカレン・ハチャノフと、カラツェフも含めてトップ30に4人がランクインしている。カラツェフによれば全員がいい関係にあり、互いに助言したり、切磋琢磨し合っているという。ロシア勢の勢いはこれからも続きそうだ。


(テニスデイリー編集部)


※写真は「全豪オープン」でのカラツェフ
(Photo by Matt King/Getty Images)

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